カスタマーハラスメント対策が企業の法的義務になります。

カスタマーハラスメント(以下、カスハラ)が深刻な社会問題として注目される中、2025年6月に労働施策総合推進法(労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律)が改正されました。この改正により、施行日(※)以降、事業主にはカスハラを防止するための必要な措置を講じることが法的義務として課されることになります。

※施行日は、「公布の日から1年6か月を超えない範囲内において政令で定める日」とされています。

本記事では、カスハラの定義や具体的内容、そして企業が今後対応すべき事項について詳しく解説します。

目次

カスハラとはなにか

2025年6月の法改正で、カスハラの定義が法令において明記されました。カスハラとは、以下の3つの要素をすべて満たすものとされています。

参考:厚生労働省『ハラスメント対策・女性活躍推進に関する改正ポイントのご案内』

カスハラの具体例は、今後指針で示される予定です。指針の内容も参考に、企業は自社のカスハラの判断基準を明確化し、その考え方や対応を十分に社内周知しておくことが重要です。

なお、2022年に厚生労働省が公表した「カスタマーハラスメント対策 企業マニュアル」によると、カスハラとなる可能性がある行為例として、以下が確認できたと記載されています。

【カスハラとなる可能性のある行為例】

出典:厚生労働省『カスタマーハラスメント対策 企業マニュアル』P9

カスハラがもたらす被害

厚生労働省が公表した調査によると、過去3年間に従業員が受けたハラスメントの種類のうち、カスハラが2番目に多いことが分かりました。また、企業への相談件数はカスハラが3番目に多いという結果となっています。

参考:令和5年度 厚生労働省委託事業『職場のハラスメントに関する実態調査報告書(概要版)』

カスハラは、従業員に大きなストレスを与える原因となります。通常の業務に支障を来たすだけでなく、心身の不調を引き起こし、休職や離職につながるケースも少なくありません。

また、企業にも大きな影響を及ぼします。たとえば、「クレーム対応に係る時間的コストの増加」「休職や離職による人員不足」「人員不足に伴う生産性の低下」などがあげられます。

【カスハラによる従業員・企業・他の顧客等への影響例】

出典:厚生労働省『カスタマーハラスメント対策 企業マニュアル』P13

このような影響も踏まえると、企業におけるカスハラ対策は急務であるといえます。

カスハラと労災認定

2023年9月、精神疾患の労災認定基準が改正されました。この改正により「業務による心理的負荷評価表」に、**「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」**という、いわゆるカスハラに該当する項目が追加されました。この評価表は精神疾患の労災認定に用いられ、心理的負荷の出来事や強度などを示しています。

くわしくは、以下をご確認ください。

参考:厚生労働省『心理的負荷による精神障害の認定基準について』別表1 業務による心理的負荷評価表

カスハラ対応の難しさ

カスハラ対応がほかのハラスメント対応と大きく異なるのは、ハラスメントの行為者が自社の役員や従業員ではない点です。ここにカスハラ対応の難しさがあります。

企業内だけの対応では不十分

ハラスメントの行為者が従業員の場合、企業は指導や懲戒などといった対応を速やかに行えます。一方で、行為者が顧客等であるカスハラは、企業が行為者に直接的な措置を取ることは困難なケースが多くあります。そのため、現場や人事労務部門など企業内の関係部署だけでなく、状況に応じて取引先や弁護士、警察などの外部との連携が重要です。

出典:厚生労働省『カスタマーハラスメント対策 企業マニュアル』P40

取引先との関係

取引先とのあいだでも、お互いの立場の違いにより、カスハラが発生する可能性があります。

(例)

・業務の受注側よりも発注側が優位
・企業規模が大きい側が優位 など

このような力関係を利用し、立場の強い側が相手側に対して、過大な要求や不当な取引の強制をすることはカスハラとなります。さらに状況次第では、独占禁止法で禁止されている優越的地位の濫用などにより、刑事罰や行政処分を受ける可能性もあります。

こうした事態を防ぐためにも、取引先と日頃から健全で良好な関係を維持しておくことが重要です。

取引先とのあいだで発生したカスハラ対応

取引先とのあいだでカスハラが発生した場合、自社の従業員がカスハラを受けた側なのか、カスハラを行った側なのかに応じて、次のような対応を行います。

従業員が取引先からカスハラを受けた場合

まずは、被害を受けた従業員やその上司、周囲の従業員などから発生状況を確認したうえで、取引先にハラスメント行為の事実確認を依頼します。状況によっては、ハラスメント行為の疑いがある取引先従業員に対して事実確認を行うことも考えられます。

従業員が取引先にカスハラを行った場合

従業員が、取引先へカスハラを行った疑いが発生した場合、速やかに事実確認を行います。

カスハラと認められる行為があったと判断したときは、就業規則等に基づき適切な対応をします。取引先には、途中経過や決定事項の報告、謝罪、今後の再発防止など、真摯に向き合い対応することが大切です。

カスハラに関する企業の責任

カスハラが発生しているにもかかわらず企業が適切な対応をとらなかった場合、企業は安全配慮義務違反に問われるおそれがあります。さらに、被害を受けた従業員から責任を追及される可能性もあるなど、実際に損害賠償請求が認められた裁判例もあります。

賠償責任が認められた裁判例

出典:厚生労働省『カスタマーハラスメント対策 企業マニュアル』P17

一方で、企業としてカスハラ対策を十分に講じていたことで、安全配慮義務の責任を免れ、賠償責任が認められなかった裁判例もあります。

賠償責任が認められなかった裁判例

出典:厚生労働省『カスタマーハラスメント対策 企業マニュアル』P17

カスハラ発生時の対策だけでなく、日頃から予防対策を講じておくことも、従業員だけでなく企業を守るうえで重要です。

企業が対応すべきこと

ここからは、企業が対応するべきカスハラ対策の基本的な枠組みを紹介します。

①カスハラ対策の基本方針や姿勢などの明確化

経営者自ら、カスハラ対策への取り組み姿勢を明確に示すことが重要です。企業としての基本方針や姿勢を明確にすることで、従業員が安心して働ける環境づくりにつながります。

②カスハラ発生時の対応方法や手順を決めておく

従業員がカスハラを受けたときも慌てずに現場ですぐに適切な対応ができるよう、対応方法や手順などの社内ルールをあらかじめ決めておくことをおすすめします。マニュアルを作成することも有効な対策です。

参考:厚生労働省『カスタマーハラスメント対策 企業マニュアル』P26~P28

③相談体制の整備

企業は、被害を受けた従業員が気軽に相談できる窓口を設置するなど、迅速かつ適切に対応できる社内体制を整備します。

なお、相談窓口は、カスハラのために特別に設ける必要はありません。2020年にパワハラ防止のため設置が義務化されたハラスメント相談窓口で、カスハラの相談もできるように体制を整えておく方法もあります。

また、相談窓口の担当者は、一次対応者として事実関係の把握、被害を受けた従業員への配慮など、慎重な対応が求められます。カスハラに該当するか判断がつかない場合も含めて幅広い相談に応じるためには、相談窓口担当者向けの教育を定期的に行うことも大切です。

④従業員の教育、研修

顧客等からの迷惑行為や悪質なクレームに対応できるように、従業員への研修や教育を定期的に実施することが重要です。

研修や教育には、以下のような内容を盛り込むことをおすすめします。

  • カスハラに関する知識
  • カスハラ行為別の対応方法と注意点
  • 社内ルールや相談窓口などの周知
  • 記録の作成方法
  • ケーススタディ など

⑤被害を受けた従業員への配慮

企業は、被害を受けた従業員に対して、従業員の安全確保と精神面への配慮が必要です。たとえば、顧客等が従業員に暴力やセクハラ行為を加えた場合には、顧客等から従業員を引き離し、現場監督者が代わりに対応することで安全を守ります。また、被害を受けた従業員にメンタルヘルス不調の兆候があるときは、専門の医療機関への受診を促すなど、精神面への配慮も求められます。

⑥再発防止への取り組み

企業は、ひとつのカスハラ事案の解決後も、継続して同様なカスハラ事案の再発防止に努めることも重要です。そのため、定期的に社内体制や社内ルールの見直しを行い、適切な体制づくりを継続的に行います。

【カスハラ対策チェックシート】

厚生労働省より、「カスタマーハラスメント対策チェックシート」が公開されています。企業用、従業員用の2種類があります。カスハラ対策にご活用ください。

参考:厚生労働省『カスタマーハラスメント対策 企業マニュアル』P52~P54

なお、2025年6月の法改正における施行日以降、雇用管理上必要な措置を講じることが企業の義務となります。必要な措置は以下のとおりです。具体的な内容を含む指針の公表が、今後予定されています。

  • 事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
  • 相談体制の整備・周知
  • 発生後の迅速かつ適切な対応・抑止のための措置

フリーランスに対するハラスメント

フリーランスに対してもハラスメントを防止するための体制整備が求められています。
こちらについては過去の記事にて説明しておりますので、こちらをご参照ください。

記事:「フリーランス・事業者間取引適正化等法を知る:企業経営者向け完全ガイド」

まとめ

2025年6月の法改正により、カスタマーハラスメント対策は企業の法的義務となります。カスハラは従業員の心身に深刻な影響を与えるだけでなく、企業の生産性低下や人材流出にもつながります。企業は、経営トップが明確な方針を示し、相談窓口の整備、従業員教育、対応マニュアルの作成など、予防と発生時の両面から対策を講じることが重要です。

適切な対策は従業員を守るだけでなく、安全配慮義務違反のリスクを回避し、企業自体を守ることにもつながります。法改正の施行を待たず、今すぐ社内体制の整備を始めましょう。

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